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焼岳(展望台まで) |
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2002年11月23日 中尾温泉から往復(単独・日帰り) |
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前回、中の湯温泉から登ったときは最悪の天候で、 吹雪に出会って難儀をしたが今回は凄くいい天気ですがすがしい朝になった。 中尾温泉で、真っ直ぐ行けばいい所を左折して穂高ロープウェーのほうに行ってしまい、再度新穂高温泉のほうから登りなおし。 さらに、登山口の看板(右写真)が倒れて見えなくなっていたために、谷川の方に降りてしまい急遽Uターンする羽目に! (Uターンする時に雪のなか隠れていた岩に衝突!後ろのバンバーが変形してしまった) やっとの思いで工事事務所の駐車場着。 本来なら登山口の手前にバリケードがあるんだが、この時期登山者が少ないためか鎖が外してあったので迷ってしまった。 |
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<登山口標識> |
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<ジグザグの登山道> |
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7:20 駐車場発 10分位、舗装された林道を歩くと、急カーブの所から谷を渡って登山道に入ることになる。 暫くはジグザグの急な道だがそのあとはブナ林の中のゆるい坂道となっている。 登山道に入って約一時間半で急にまた林道の終点に出るが、ここにも登山口の標識があるので以前はここまで車で来て登ったのか? |
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<白水ノ滝> |
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<笠が岳が見えた> |
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8:50 白水の滝展望台 林道終点からすぐのところが滝展望台になっていて、はるか向こうに二段の滝が見られ、滝の水の流れている岩は鉄分がついて茶色に なっている。 何かの気配を感じて手前を見ると、日当りの良い斜面で2頭のカモシカがこちらを眺めていて、ストロボを焚いても逃げる気配が無い。 |
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<積雪が増えてきた> |
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<秀綱の中尾越えの看板> |
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10:30 秀綱神社 秀綱の中尾越え(神社の看板から)。 秀綱は戦国時代飛騨一円を従えた三木自綱子で飛州高山の松倉城主であった。天正13年(1585年)8月、天下統一をもくろむ羽柴秀 吉の武将金森長近の飛騨攻めによって落城した。 秀綱は身重だったとされる奥方と数人の家臣を伴い信州波田城をめざした。 落武者となった一行は険阻な道を選び高原郷中尾峠を越すためにこの地で一夜を明かしたとされる。信州に入り、あと一息という所で不 運にも杣人の手にかかり秀綱と奥方はあえない最期をとげた。 |
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<笠が岳> |
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<西穂・奥穂方面> |
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<最中状の雪が積もっていた焼岳> |
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<上高地と霞沢岳> |
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<山頂のシャクナゲ> |
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12:00 焼岳展望台 秀綱神社を過ぎたあたりから急に雪が深くなってきて、登山道を見失うこともしばしば・・・、
森林限界あたりではもうどうでも良くなって中 尾峠あたりを狙って雪の中を強引ラッセル! 何とか、中尾峠の少し上側に出ると、あたりの雪はアイスバーン状態となっており、岩に書かれてる案内の印も見られる状態ではない。 アイゼンは持ってるものの、これでは山頂を目指すのは無理と判断して焼岳望台に向かった。 |
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